この事例の依頼主
60代 女性
ご相談者のA子さんは、買物をしに自転車で出かけ、信号機のある交差点の横断歩道を青信号に従って渡っている途中、対面道路からやはり青信号に従って右折進行してきた自家用車に衝突され、救急搬送されました。A子さんは、その後、約5ヵ月間の入院と約9ヵ月間の通院を経て症状固定し、併合9級の後遺障害等級認定を受けました。加害者側(運行供用者である加害車両の所有者)の加入していた共済の担当者は、病院の治療費などの既払金が約1,570万円あることを前提に、示談金として315万円の提示をしてきました。A子さんは、この事故の後遺障害のため、いつも楽しみにしていた孫との散歩もできなくなり、また、病院での治療やリハビリでたいへんな苦痛を強いられたので、共済の提示する示談金の額では到底納得ができないということで相談に来られました。
共済の提示する示談案は、あくまでも共済(保険会社)の損害賠償算定基準によるものですので、裁判基準に従って最大限に計算し、A子さんの既払金を除いた損害額を1,330万円程度と算出し、共済に対案として提示しました(入通院慰謝料については重症基準を使用し、また、A子さんがパート勤務だけでなく家事労働にも従事していたので、実際のパート収入ではなく同年齢の平均賃金をもとに休業損害や逸失利益を算出しました。そのため、これらの点でも、共済側との間で計算上の違いが生じました。)。当方の対案を受けて、共済側は、示談金の提示額を約586万円まで引き上げてきましたが、A子さんは、まだ納得できないとのことでしたので、加害運転者と加害車両の所有者を被告として損害賠償請求訴訟を提起しました。訴訟になって被告側に代理人弁護士が就きましたが、その代理人弁護士は、裁判所からの文書送付嘱託によって取寄せた刑事記録や病院のカルテのなどの分析に基づいて、示談交渉の際には加害者側が主張していなかった過失相殺や症状固定の時期、後遺障害等級(労働能力喪失率)について徹底的に争ってきました。そして、最終的には、裁判所から和解金685万円での和解案の提示があり、双方当事者がそれを呑んで和解が成立しました。
一般的には、損害賠償の算定基準については、任意保険会社(共済)の基準よりも裁判基準(赤い本や大阪であれば緑本の基準)の方が有利です。したがって、損害額の算定だけが問題となる単純な交通事故の事案であれば、弁護士が介入して裁判基準での交渉をしたり、訴訟提起をすることによって、被害者にとって示談の場合よりも有利な解決ができる場合が多いです。しかしながら、訴訟提起をすれば、通常は被告側にも弁護士(任意保険会社の実質的な代理人である交通事故専門の弁護士が多い。)が就いて、徹底的に争ってきますので、示談交渉のときには問題とされなかった過失相殺や症状固定の時期、後遺障害の程度などが争われる可能性が出てきます。そうなると、損害賠償の算定基準としては、被害者側に有利な裁判基準が適用されても、その他の争点によって賠償額が削られてしまい、場合によっては、示談の際の提示額よりも少ない賠償額しか裁判所に認定してもらえないという事態が起きることもあります。本件では、示談の際の提示額よりも有利な解決を得られ、ご相談者にも満足していただけましたが、訴訟提起にあたってはその点に対する検討も怠ってはならないと感じさせられた事案でした。